ずっと気になっていた展覧会に今日ようやく足を運ぶことができた。
横浜のそごうで行われている「寿(ことほ)ぎのきもの ジャパニーズ・ウェディング―日本の婚礼衣裳―」である。
江戸時代から近代初期にかけての婚礼衣装、しつらえ、調度品とそれらに関連する資料が集められた展覧会で、前期・後期で展示される内容が異なる。
昨日からは後期がスタートしており、残念ながら前期を逃してしまっていたことに会場に着いてから気づき、いつもながら自分の無計画さにがっかり、、、
さあ、気を取り直して入ると、まず展示されていたのは白無垢だった。
長襦袢も帯締めも帯揚げも、何もかもが真っ白の白無垢に、思わずうっとりしながら、母の白無垢のことをふと思い出した。
呉服屋に嫁いだ母は結婚式でウェディングドレスは着ず、白無垢を着た。
写真では見たことがあるけれど、実物は残念ながら見ることも触れることもなく、母が数年前に処分をしてしまった。
「あの白無垢も取っておけば良かったね。でももう畳紙開くのがこわいくらい、全体的に黄色くシミになってて、大変な状態だったから捨てるしかなかったんだよね、、、」
私が着物に目覚め始めた頃、母がそう悲しげに話してくれたことがあるが、そんな母の白無垢とは異なり、目の前にあるのはシミひとつない、輝きを放つ純白の絹。
母の白無垢はどんな地紋だったんだろうと、入って早々絹の美しさに感動しながらも感慨深い気持ちになった。
さらに奥へ進むと、そこには今回のメインである江戸時代の豪華絢爛な婚礼衣装が並んでいる。
遠くからでも上品に輝きを放っているのは、日本刺繍の「糸」にあるのだろうか。
やっぱり今の糸とはどこか違う。
密度のある糸で一針一針刺され描かれたばさっと翼を広げる鶴や生い茂る松はこんなにもつややかで生き生きとしているのだろうか。
繊細でありながらどこか大胆な印象に見えるのは柄の取り合わせだけではないような気がした。
現代の美意識である”すっきりまとまる上品さ”とは異なる美しさに触れることができたと思う。
更に進んでいくと、明治や大正時代の婚礼衣装も飾られている。
やっぱり文明開化の影響なのか、化学染料の技術の発達で表現方法が多彩になったからなのか、江戸時代の大胆で豪華でありながらもどこか渋い雰囲気からはがらりと変わる。
技法はもちろん、同じ赤でもちょっと違うような?この微妙な変化はなんなのだろう。
前に谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』(いんえいらいさん)を読んだことがあるが、たしか、暗かった日本家屋のなかで自然光や松明の明かりの下で美しく見える色は異なっていたというような記述があったと思う。
見当外れかもしれないが、江戸時代と明治以降の婚礼衣装を見たときにその内容を思い出し、なるほどなと思った。
江戸時代はもちろん蛍光灯なんてなく、自然光や松明の明かりの下で婚礼も行われていたはずで、そんななかで艷やかに輝く日本刺繍は格別に美しかったのではないだろうか。
そしてもうひとつ、とても気になったこと。
それは、こんなに古い布たちをどうやってこれほどきれいな状態で保管し続けることができるのだろう、という一着物ファンとしての好奇心。
実家に何十年としまわれていた「古い江戸褄」と書かれた黒留袖など、できればこれから先も残していくためには、どんなメンテナンスをして、どんな保管をしてあげればいいのだろう、、、母の白無垢の大惨事を二度と引き起こさないために、これらの婚礼衣装を”個人蔵”している方にお伺いしてみたいと思った一日でもあった。